菅浦のアブラギリ
2018年05月26日

大浦から菅浦までは、葛籠尾崎の曲がりくねった入り江に沿って湖岸を走る。山が迫っていて平地はほとんどないが、湖が大きく陸地に入り込んだ辺りに、ゆるやかに農地が広がる場所が現れる。大浦から行くと、最初に現れる土地が諸河、次が日指と呼ばれる。
日指のびわ湖岸側は、明るい林が広がる園地になっている。ここにアブラギリの高木が3本あり、5月下旬、白い花が咲きはじめる。
名前のとおり、アブラギリは実から油が採れる。肉まんのように扁平な形をした実の中に、丸い種子が3つほど入っている。この種子を絞ると油が滲み出てくる。
江戸期まで、桐油は燈火用として盛んに使われたようだ。防水効果もあり、雨傘や雨合羽、提灯などにも塗られたという。菅浦の集落にある郷土資料館の前庭にも、アブラギリの木がある。資料館が建てられた時に、記念樹として植えられたものだという。
江戸期、菅浦は膳所藩の領地だった。菅浦から膳所まで、船でアブラギリの実や魚などの産物が運ばれたという。アブラギリの実が菅浦の経済を支える産物のひとつだったのだ。
菅浦でアブラギリの実が盛んに採られたのは、農地の少なさに関係していると思われる。胡麻や菜種を栽培するには広い農地が必要だが、アブラギリの木は山の斜面でも育つ。
アブラギリの木は、ふだんは目立たないが、花が咲く時期になると、その存在に気づく。一つひとつの花は2センチほど。小花が集まってブーケのような形に群がり咲く。菅浦の歴史を象徴する花である。

Posted by 風まかせ at 15:51│Comments(0)