伊吹山麓 悉地院のムクゲ

風まかせ

2018年07月09日 07:03



 「軸も花もなく、白木の薄板に、緑釉の香合が置いてある。その前に、すっと伸びた枝が一本。供えるように横たえてある。木槿の枝である。・・・あの女は、その花を見て、無窮花(ムグンファ)だと教えた」
 小説『利休にたずねよ』は、利休の切腹の場面から物語がはじまる。利休は花のないムクゲの枝を床の間に飾った。そして秀吉から遣わされた使者にこう言う。
 「木槿は高麗で、たいそう好まれるとか。花は冥土にて咲きましょう」
 朝鮮ではムクゲを無窮花という。無窮とは無限であること。ムクゲに咲く一輪の花は短命だが、夏から初秋まで次々に花が咲き続ける。
 うだるような暑さに耐えて、白や薄紅の涼やかな花を枝一面につける。力強さと美しさを兼ね備えた花である。
 伊吹山のふもとにある悉地院に、数本のムクゲの樹がある。山門の脇にあり、花は一重の白無垢と底紅である。
 利休の孫にあたる千宗旦は、底紅のムクゲを愛したといい、その品種には宗旦という名が付けられている。
 ムクゲは本来、落葉低木だが、悉地院のムクゲはかなりの齢を重ねているのだろう。底紅の咲く樹は、石垣の下から山門の屋根と競い合うほどの高さにまで枝が伸びている。
 中世、京極氏が湖北の実権を握っていた頃まで、伊吹山の中腹には弥高百坊といわれる壮大な寺院群があった。伊吹山四大護国寺のひとつである。しかし、寺は次第に山城としての機能を強め、戦国の動乱の渦に巻き込まれていく。信長の焼き討ちを契機に一気に衰退し、弥高寺の中心寺院であった悉地院はふもとに降りることになる。